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由 緒

    北海道護国神社
▼鎮座地
〒070-0901
北海道旭川市花咲町1丁目2282-2
▼御祭神
63,159柱(令和3年6月現在)

明治戊辰の役より大東亜戦争に至る北海道、樺太関係の国事殉難者
▼大祭日
6月4日 宵宮祭(合祀祭)
6月5日 慰霊大祭
6月6日 後日祭

由緒
本神社は遠く明治35年5月5日時恰も日露の風雲急なる最中に旧第七師団長大迫尚敏氏主祭の下に練兵場に小祠を設け北海道に於ける国事殉難者並開拓に殉じた屯田兵の招魂祭典を挙行したのに始まる。
日露戦争勃発するや我が北鎮師団は旅順の功撃奉天の大会戦に参加し、勇名を謳はれたが、その戦歿者は無慮4,500名に及び戌辰、西南、日清の諸役の戦歿英霊に加えて五千柱に垂んとするに至ったのでここに社殿創建の議が興り、明治43年時の第七師団長上原勇作並北海道長官河島醇両氏の発起の下に道内有志の賛助を得て、現在地に社殿を建築し之等英霊を祀り爾来毎年6月5、6日を例祭と定め、師団長、長官交互に祭主となり軍官民挙げて盛大な祭典を執行し来った。
かくて昭和時代に入るや境内狭隘を告げ、社殿亦腐朽して本道随一の招魂場として遺憾の点尠からざるため、昭和10年師団長杉原美代太郎氏長官佐上信一氏等全道68名の要路の人々が発起の下に道内より浄財を募りよく所期の目的を達成し昭和10年4月26日北海道招魂社として内務大臣より指定され神徳いよいよ遍くするに至った。昭和14年4月1日官制の改まる処により北海道護国神社と改称し、更に社頭の整備を進め、茲に全道の英霊の総祀社として名実を兼備するに至った。
昭和6年満州事変以来支那事変はもとより、昭和16年12月8日大東亜戦争の勃発するや、北鎮の将兵は或は極北のアッツ島に或は灼熱の大陸の曠野に、或は南海の孤島に、或は洋上に、大空に勇躍征途に上って祖国防衛の任に当り、第二次世界大戦の最終戦争たる沖縄の玉砕に至るまで実に55,000柱の尊い身命を祖国に捧げられたが、英魂は永遠に故郷のこの御社に鎮まり給うた。
昭和20年8月15日大東亜戦争の終結を見るや占領政策の然らしむる処により神社の存立すら危殆に瀕する悲運に際会したが祀職並関係者命を堵して之を護持し祭祀遂に一日も滞ることなく国家独立の後は道民崇敬の至誠は澎湃として興り、その例大祭の如きは今や全道の一大祭典として盛大を謳はるるに至った。然るに終戦後合祀する英霊は実に戦前の12倍に及び樺太関係英霊の合祀者も数を増し、社殿の狭隘年次その度を加えるに至ったので昭和35年4月造営奉賛会を結成し町村金五氏(知事)を総裁に再び全道市町村より浄財を募り茲に社殿の大改築をなし昭和40年4月完工した。
平成23年には御創祀110年を記念し、その事業として5ヵ年を懸けて御本殿以下屋根銅板の葺替工事を完工し、現在に至る。

― 写真で見る、かつての北海道護国神社の姿 ―

第一鳥居

拝殿

境内に展示されていた二十四糎加農砲

旧 北鎮兵事記念館

社殿と神苑
境内の広さは約2万坪原始の巨木は亭々として天を摩し、林泉は北海道、樺太両池があり、地下200米より吸上げたる真清水を満々と湛え英霊に捧げ、神苑には戦前各市町村より献ぜられた樹木は翠緑滴り、その中に丹碧の塗装を施した壮麗な社殿を構えている。
社殿の総坪数は約500坪典雅な総「流れ造り」に統一し緑に映え、雪に照り輝き四季を通じて美しい。
昭和38年造営中にあたり宮内庁より旧二重橋御旧材の御下賜も頂き社殿前の高欄として設置、光彩をそえている。

境内の動植物
境内の森林には大雪山系の原生植物が約140種あまり自生し、清澄うつぼなど全国的にも奇草といわれるものが群生している最北端でもあります(6月中旬頃開花)。
また、夏鳥として、本州北部より北で繁殖するチゴハヤブサなどの野鳥も見られ(6月中旬~7月中旬)、多くの写真家が訪れます。

チゴハヤブサ 清澄うつぼ
チゴハヤブサ 清澄うつぼ
二重橋高欄 ニレの巨木
二重橋高欄 ニレの巨木

 

          北鎮安全神社(境内社)
▼大祭日
宵宮祭 8月9日
例大祭 8月10日
▼御分霊を戴いた神社と御祭神
鹿島神宮
茨城県鹿嶋市にある神社。武甕槌大神を祭神とする。武甕槌大神が武芸の神とされていることから、剣術の道場には「鹿島大神」と書かれた掛軸が掛けられていることが多い。

香取神宮
千葉県佐原市にある神社。祭神は経津主大神。創建は神武天皇18年、紀元前677年と伝えられている。武甕槌大神と同じく武芸の神とされている。
愛宕神社
京都市嵯峨愛宕にあり伊弉冉尊(いざなみのみこと)をはじめ護国鎮火の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を祀っている。
猿田彦神社
伊勢市宇治浦田町にあって、古来みちびきの神として名高い猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)を祀り、国土開発、豊産の神として崇敬を受けている。
雷電神社
群馬県佐波郡境町にあり、主神は大雷命(おおいかづちのみこと)。雷災除けの神として信仰が厚い。
▼由緒
交通を主とし、諸事の安全災害防除の守護神を祀り、車を始め諸事の祈願祭を取り行っている。
昭和10年に第七師団官舎地帯の氏神として旭川市四区の偕行社前庭に遷され、御祭神には武芸の神である鹿島神宮の武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)と香取神宮の経津主大神(ふつぬしのおおかみ)の御分霊を拝戴し、「北鎮神社」と称する。昭和43年の開道100年記念事業の一環として当神社(現・北海道護国神社)内に奉遷され、これまでの両神のほかに車社会の現出に鑑み、交通安全・産業守護の守神として新たに3神社の安全3神の御分霊を奉戴し合祀することとなり、「北鎮安全神社」と面目を改めた。
昭和43年12月29日に創建、遷座祭が執行される。

  • 初詣
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